開け、ごま!

日本人にもなじみのあるごまの話として、『千夜一夜物語(アラビアン・ナイト)』が挙げられます。
この物語の大枠はこうです。
昔、ペルシャに、毎晩若い娘を寝室に呼んでは一夜を共にし、翌朝には殺してしまうという残虐な王がいました。ある時、王に呼ばれたシェヘラザードという知恵と勇気を兼ね備えた娘は、夜が明けると殺される運命を知りながらも、自ら志願して王の元へ向かいます。そして毎晩、王に興味深い話を語り、その物語の続きを朝まで引き延ばすことで、王に「続きが気になる」と思わせ、命をつなぎとめるのです。こうして彼女は千一夜もの間、物語を語り続け、ついには王の心を変え、処刑を免れたといいます。
この『千夜一夜物語』は、「アラジンと魔法のランプ」や「シンドバッドの冒険」などの名作で知られていますが、実は物語の数は1001編もなく、およそ170〜200編程度とされています。物語の内容は、幻想的な冒険談から恋愛や風刺、教訓を含む小話まで多岐にわたり、中東・インド・ペルシャに伝わる口承の物語が集められて構成されています。なお、この作品は編者不詳で、成立過程にも諸説があります。
この壮大な物語の中でも、「アリババと40人の盗賊」は特に有名です。
貧しい薪売りの青年アリババは、偶然にも盗賊たちが財宝を隠している洞窟を発見し、その扉を開ける合言葉「開け、ごま!(Open Sesame!)」を耳にします。合言葉のおかげで洞窟に入って財宝を得たアリババ。しかし、兄のカシムはその言葉を覚えられず、「開け、大麦!」「開け、小麦!」などと叫んでも扉は開かず、ついには中に閉じ込められてしまい、命を落とすことになります。
この物語の中で特に印象的なのが「開け、ごま!」という魔法の言葉です。なぜ「ごま」なのか? なぜ「大麦」や「タマネギ」ではダメなのか?
物語の中では、ごまが「神聖な作物」であり、「霊的な力を宿す」とされています。ごまは古くから、栄養価の高さや保存性、薬用効果から特別な植物と考えられており、中東・アフリカ・アジアの各地で「生命の種」「神に捧げる食材」として扱われてきました。ごまが魔法の鍵として選ばれた背景には、こうした文化的・宗教的な信仰が反映されているとも言えるでしょう。
実際、「セサミ(sesame)」という英語の単語も、植物としてのごま(Sesamum indicum)を指しますが、ヨーロッパに伝わった『アラビアン・ナイト』では「開け、ごま!(Open Sesame!)」という言葉が、魔法の象徴として語り継がれました。
このように、「ごま」は物語の中でもただの作物ではなく、神秘的で特別な存在として描かれているのです。