精進料理とごま

ごまが栄養豊富で、薬効にも優れた食品であることは、日本でも古くから知られていました。その使い方も実に多様で、粒のまま料理に加えたり、炒ってすりつぶしたり、ペースト状にして和え物や汁物に用いたり、ごま油として揚げ物に使ったりと、料理全体の風味と栄養価を引き上げる万能食材として活用されてきました。
なかでも、ごまが最も存在感を放つのが、仏教の戒律に基づく「精進料理」です。精進料理とは、殺生を禁じ、生き物の命を奪わないという仏教思想に基づいて、動物性の食材を一切使用せず、植物性の食材のみで構成された料理のこと。インドでごまが菜食主義者にとって重要な栄養源とされていたのと同様、日本でも、たんぱく質・脂質・ビタミン・ミネラルを豊富に含むごまは、精進料理において欠かせない存在となりました。
代表的な料理のひとつが「ごま豆腐」です。これは、ごまを炒ってすり、丁寧に練り上げて、葛粉やくず粉などの植物性の凝固材と合わせて固めたもの。香ばしさとまろやかなコクを持ち、肉や魚を使わずとも栄養価が高く、満足感のある料理に仕上がります。現在ではスーパーでもよく見かけるようになりましたが、もともとは寺院の中で供される、宗教的な意味をもつ料理だったのです。
そのほかにも、ごま和えやごま汁、ごまの炒り煮など、精進料理には実に多くのごま料理が存在します。後に、ごま油を使った天ぷらなどが加わることで、精進料理の幅は一段と広がり、風味や食感に奥行きが生まれました。
また、ごまやごま油は酸化しにくく、常温でも比較的長期間保存ができるため、冷蔵技術のなかった時代には保存食としても非常に重宝されていました。精進料理は、動物性タンパク質を使えないという制約のもとで発展した料理ですが、そうした制限がかえって調理技術の洗練を促しました。食材の持ち味を引き出す工夫、素材の組み合わせによる栄養の補完、保存性の向上など、長年にわたる研究と試行錯誤の積み重ねにより、精進料理は日本料理の基礎を築く存在となったのです。
日本各地には、精進料理で名高い寺院が数多く存在しています。たとえば、京都の高山寺や永平寺、鎌倉の建長寺などでは、僧侶たちが代々受け継いできた料理法を現代にも伝えています。これらの料理には、精神修養としての食、生命を尊ぶ姿勢、食材への感謝といった思想が色濃く表れています。
この流れは、西洋における修道院と食文化の関係とも重なります。ヨーロッパでは、キリスト教修道士たちがパンやワイン、チーズといった食品の製造・保存技術を磨き上げ、地域の食文化を築いてきました。それと同じく、日本では仏教寺院の僧侶たちが精進料理を通じて、日本料理の根幹を形づくったのです。
ごまは、そうした知恵と技術の結晶とも言える精進料理において、単なる調味料以上の役割を果たしてきました。限られた食材の中で、栄養・味・保存性を兼ね備えたごまは、まさに欠くことのできない食材だったのです。