日本に伝わったごま

― 縄文の遺跡から正倉院へ ―
ゴマはいつごろ日本に渡り、どのように扱われてきたのでしょうか。
残念ながら、その時期を明確に特定することはできません。
しかし、日本でゴマが最も早く使われたのは縄文時代後期(紀元前1,000年頃)と考えられています。
当時の遺跡からゴマの種子が発見されており、これが日本最古のゴマとされています。
縄文時代はまだ文字がなかったため、記録は残っていませんが、すでに中国や朝鮮半島との間で交易が行われており、
人や物資の往来を通じて、稲作などの農業技術とともにゴマも伝わったと考えられています。
もっとも、これはあくまで現時点の学説です。
日本の古代史は新しい発掘によってたびたび書き換えられており、今後さらに古いゴマが発見される可能性もあります。
🏺 文献に現れた「日本最古のゴマ」
ゴマが初めて文献に登場するのは、紀元後8世紀、奈良時代のことです。
この時代の代表的な記録として挙げられるのが、正倉院文書です。
そこには、少なくとも尾張国(現在の愛知県)や豊後国(現在の大分県)でゴマが栽培されていたことが記されています。
また、律令制度の実施を補助する目的でまとめられた『延喜式(えんぎしき)』にも、唐(中国)から帰国した遣唐使が薬として「練りゴマ」を持ち帰ったという記述が見られます。
このことから、当時のゴマは貴族や僧侶など限られた身分の人々にしか手に入らない貴重品であり、薬用・滋養の食材として重宝されていたことがわかります。
時の権力者による厳格な管理のもと、ゴマは「作物」であると同時に「高級な薬材」として扱われていたのでしょう。
🌾 古代日本の人々とゴマの文化
奈良・平安時代には仏教が広まり、精進料理の文化が根づきます。
肉や魚を避ける僧侶たちにとって、植物性のたんぱく質と脂質を豊富に含むゴマは、まさに生命を支える栄養源でした。
寺院で使われる「ごま油」は、灯明用としても重宝され、「光」「清浄」「供養」を象徴する神聖な油として扱われたのです。
古代から貴重な作物として珍重されてきたゴマは、現代でも健康意識の高い方々にとって身近な食品です。
食事にごまやごま油を取り入れることは、栄養バランスを整え、日々の活力を支えるサポートになります。
毎日の食卓で、古代からの知恵を感じながら楽しみたい食材ですね。


